大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和24年(控)1378号 判決 1949年12月27日

被告人

小林昭夫

外二名

主文

原判決を破棄して、本件を岐阜地方裁判所に差し戻す。

理由

檢察官松本孝一の控訴趣意について。

よつて案ずるに、原判決は、本件公訴事実は、これを認むるに足る証明がないとして、被告人等に無罪の言渡を爲しているが、(一)原審第一回公判調書の記載によれば、檢察官が朗読した会訴事実に対し、各被告人は、事実はその通りで何も述べることはないと供述して、公訴事実を総て承認していること、(二)被害者石原義定に対する司法警察員の第一、第二回供述調書及び檢察官の供述調書によれば、公訴事実第一に照應する被害顛末の供述記載があり、(三)被害者古田儀一に対する司法警察員の供述調書及び檢察官の供述調書によれば、公訴事実第二に照應する被害顛末の供述記載があつて、右各供述調書については、被告人等及び弁護人がこれを証拠とすることについて同意しているから、本件公訴事実を証明するに足る一應の形式的証拠がそろつていることになる。然るに原審が公訴事実を証明するに足る証拠がないと断定するには、右各証拠が措信するに足らないもので從つて証明力がないことを説明しなければ、判決の理由としては、不備と謂うことになる。結局原判決は、首肯するに足る理由を附さないか又は理由にくいちがいがあるものと謂うことができるから、本件控訴趣意は、理由があることになる。

(檢察官松本孝一の控訴趣意)

原判決には事実の誤認があり不当である。

即ち本件起訴事実の要旨は、

第一、被告人等は何れも街頭五目並べを業とするものであるか、共謀の上昭和二十四年六月十五日頃岐阜縣武儀郡関町関郵便局前で石原義定に対し六回の勝負を強要した上最後に正解を敎え料金として一回二百円の割で千二百円正解料千円合計二千二百円を要求し、被告人泉脇は外一名と共に右石原方に同行し同人及父、石原錠一に対し金がなければ品物でも持つて行く等と申向けて脅迫し、右錠一から現金二千二百円を交付させて之を喝取し、

第二、被告人泉脇照雄は同月十六日頃同町千年町古田儀一方で同人に対し威嚇的態度を示して「小遣錢を貸せ」と要求し同人を恐喝し現金三百円を交付させて之を喝取したものであるが、第一事実に付ては被害者である右石原義定は被告人等から勝負を強要せられた末、被告人泉脇外一名と共に自宅に帰り父錠一に事情を打明け同人から被告人泉脇に二千二百円を交付して貰つたもので、被害者が右現金を交付したのは被告人等の脅迫に因つて畏怖の念に駈られた結果に依るもので恐喝罪の成立することは極めて明瞭であるこの事情は石原義定に対する檢事の供述調書中、同人の供述とこて「其の二人の男は途中うそ等を言つたら承知しないぞと脅かし小さいナイフ等を出して見せる樣な格好でなぶつて見せたりするので私は大変なことをしたとすつかり恐くなつてしまひました。

家へつくと母がゐたので母に訳を話しましたが母はそんな大金は無いと言ふと二人の男は金が無ければ物を持つて行くと言つて聞かないので止むを得ず妹に父を迎ひに行つて貰ひ父に事情を話しましたが父もそんな者にかかつては後が恐ろしいからと言つて二千三百円拂つてくれました、私等がそんな大金を拂つたのは相手がチンピラらしく其の言渡から言つても恐いのでやむを得ず拂つたのであります」旨の記載及同供述調書中右石原が所持金百円に過ぎず拒んだに拘らず数回の勝負を強要された旨の記載、並わずか数分間の街頭遊戯に二千二百円の大金を要求する被告人等の行爲自体に徴して、すこぶる明瞭である。

次に第二事実に付ても被害者である古田儀一に対する檢事の供述調書中同人の供述として「私が此の見ず知らずの男に金を出したのは此の男は別に言葉では脅かす樣なことは申しませんでしたが見るからチンピラらしい男で其の荒つぽい態度から見て若し拒絶でもすればどの樣な仕返しをされるかも知れないと思つたからであります」旨の記載に拠り被害者が被告人の威赫的態度に恐怖の念を生じた結果に因ることは明かで同事実についても恐喝の明十分である。

加之第一回の公判調書(昭和二十四年九月五日)に依れば檢事の起訴状朗読に対し被告人三名及弁護人は共に事実は其の通りで別に述べることはない旨の供述の記載があり更に檢事提出に係る証拠書類に対し弁護人は証拠とすることに同意する旨の供述記載がある、然るに原審判事は被告人等に対し、事件に関する訊問は全然なく單に被告人等の経歴について簡單な訊問を試みたのみで、他の証拠を取調べることなくして結審し「之を認むるに足る証明がないので刑事訴訟法第三百三十六條により被告人三名に対し孰れも無罪の言渡をすべきもの」とすこぶる簡單な理由で無罪の言渡をしたのである。

前述の様に被害者である石原義定及古田儀一両名の供述調書の記載だけでも本件は証明十分であると思料せられるのであつて右供述を否定して無罪の言渡を爲すには愼重な証拠調の上之を覆すに足る証拠が示されねばならないと考える。

然るに其の手続を踐まず且関係人をして納得せしむるに足る理由を示さずして簡單に無罪を言渡した原判決は甚だ不当であると思料せられるので之が破棄を求むる爲茲に控訴の申立をした次第である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例